───こっちの王様も相当ハラハラしてるんだろうなあ…なんて、不意に考えていた。
前回までとは違い、堅固なお城の中にしっかりと納まっているこちらの玉。将棋は、こちらが一方的に攻める展開になっていた。…しかし攻めは細い。攻めが切れたら最後、王様は城が火に包まれるのをじっと待ち続けるしかなくなるのだ。

きっと王様は、味方が相手の王様を仕留めるその瞬間を信じ続けているに違いなかった。そして、亀もまた、仲間を信じてその瞬間を信じ続けるしかなかった。



9月も半ばを過ぎて、寒いと感じる日がだんだん増えてきた。それでも、7月に始まったリレー将棋の熱は高まる一方である。狼軍は、破竹の勢いでベスト16まで駒を進めていた。

ベスト8進出をかけた戦いの相手は、3将が2500点代という柳チーム。脅威ではあるけれど、予選で2700点代のしゅないだー名人(がいるチーム)を破ったことが大きな自信になっていた。───大丈夫、うちのチームなら戦えるさ。

対局日は2回戦のわずか1週間後だったので、4人が集まって作戦会議をできた時間は決して十分とは言えなかったと思う。でもそのことに関しては、前にも書いたが自分は心配していなかった。



9月20日の21時に対局開始(開始前には、恒例となった美貴様の「祝勝会用のスイーツは負けたら捨てる」宣言があった)。オーダーは前回とはガラッと変えて(こういうことを躊躇なくできるチームはほとんどないだろう)、ガキさん→亀→美貴様→安倍さん。3将以外は、点数で狼軍のほうが上という状況である。



今までに初手▲4六歩だったり角頭歩だったり、様々な「奇襲作戦」をとってきた狼軍。今回は相談の結果、ある程度は玉を囲い合う将棋にしようということになった。

亀のPCに「付箋機能」がついているのだが、その付箋には「固めて先攻、60手目端攻め」と書いてある。60手目端攻めというのは、端攻めの攻防はある程度手が限られてくるので、3将にまわるところで端攻めを決行すれば相手の3将は力を出し辛いだろう、という美貴様の判断。

将棋は狼軍の先手で矢倉模様になった。第1図の▲3七銀は、「隙あらば棒銀の速攻を狙いますよ」という手。前回までのように、1将でリードを奪えるのならそれに越したことはない。

第1図以下△3一角▲7七銀△3二金▲7九角△4三金右▲6八玉△4一玉▲7八玉△6四角▲6六歩△7四歩▲6七金△5三銀▲8八玉△3一玉(第2図)



相手は隙を見せなかった。本格的な矢倉の将棋へ。ガキさんは▲6八角の一手を省略して囲える「早囲い」の順をとり、第2図で亀にバトンタッチ。

実はもともと、このオーダーは振り飛車の将棋を意識して決め、登録したものである(矢倉を意識したオーダーなら、誰がどう見ても2将亀と4将安倍さんは逆)。時間がギリギリだった関係上、オーダーを登録した後に「矢倉を指そう」という最終決定に至った。

そういうわけで、普段から「矢倉全然知らないですしー」なんて笑っていた自分が第2図から指し継ぐのはかなり自信がなかった。でも、泣き言は言っていられない。「大事なのは、その時その時で出せる力を全て出し切ること」って書いたばっかりじゃないか。

第2図以下▲7八金△2二玉▲1六歩△7三角▲1五歩△7二飛▲4六銀△9四歩▲3七桂△9五歩▲3八飛△2四銀▲1八香△4二銀▲2五桂△4五歩(第3図)



「60手目端攻め」(この場合だと59手目か)を狙うために▲1六歩〜▲1五歩と伸ばし、▲4六銀〜▲3七桂〜▲3八飛。これが、亀の知っている数少ない矢倉の「形」だ。次に▲5五歩△同歩▲3五歩△同歩▲2五桂△2四銀▲3五銀と進めば絶好調なので、△2四銀の先受け。すぐ▲2五桂には△4五歩があるので、いったんは▲1八香と角のラインを避けておく。
第3図のような形は、昔ほんのちょっとだけ教えてもらったことがあった。肝心なところは抜け落ちていたのだけれど。

第3図以下▲4五同銀△1九角成▲4六角△同馬▲同歩△5九角▲3四銀△2六角成▲4三銀成△同銀▲1三桂成(第4図)



第3図で▲3七銀と引いては飛車と銀がいっぺんに遊んでしまうので、強く▲4五同銀。角成りには▲4六角とぶつける。
普通の定跡形では後手の飛車は8二なので▲4六角は取る一手なのだが、この場合は飛車に当たらないので△2九馬もあったとのこと。ただ、それはそれで難解な形勢らしい。

第3図の局面になったとき、「あれ?もしかしてこの形って得してるか?」と思っていた。つまり、△7二飛と寄ったことで、角交換のあとに▲3四銀△同金▲6一角という攻めが生じているのである。
本譜も△5九角に対して予定通りに▲3四銀と出たのだが、ここはいったん▲3七角と合わせるのが普通、とのこと。というのも、2六に成り返った馬があまりにも強力すぎるのである。1〜3筋の攻め駒を一掃されてしまうと、入玉を止めることができない。

失敗したかなあ、と思いつつ▲1三桂成の突進。端攻めをしている状態で3将に繋ぐという目標は、いちおう達成できた。

第4図以下△1三同銀▲1四歩△2四銀▲1三歩成△同桂▲1四歩△2五桂▲2八飛△3七馬▲2五飛△同銀▲3五桂(第5図)



△2四銀の局面で美貴様にバトンタッチ。
形勢は先手苦しいのだろうけれど、美貴様ならなんとかしてくれるんじゃないかと思っていた。切れるか切れないかという細い攻めを繋がせたら、狼の中で一番上手いのはたぶん美貴様だと思う。

▲2八飛〜▲2五飛とバッサリ切り落として▲3五桂。飛車損の攻めである。自分なんかだと、いとも簡単に攻めを切らされて「矢倉の姿焼き」となるところだ。それを美貴様が指すと、かなりの迫力を感じる。自分はやっぱり、手を組んで祈り始めていた。

第5図以下△3四銀上▲2四歩△同歩▲4四角△3三銀▲2三歩△2一玉▲3三角成△同金▲1三歩成△3二玉▲5三金△3一角▲2二歩成△同角▲2三銀(第6図)



リレー将棋というものは本当に分からない。普通では考えられないような大逆転が頻繁に起こる。「甲子園には魔物が棲んでいる」と言われるように、リレー将棋にもまた「魔物」が潜んでいるのかもしれない。

恐らく魔物の仕業なのだろう、2500点の3将が受けを誤った。▲2三歩に△2一玉と逃げたのが少し危険で、△同銀とか△同金と取られていたら厳しかったようだ。
▲3三角成△同金に▲2二金と清算する手も魅力的に映るところだが、美貴様は▲1三歩成〜▲5三金と縛る。対して△3一角。上手いなあ、なんて思っていたのだが、これも疑問手だというのだから恐ろしい。

▲2二歩成△同角に▲2三銀!この露骨な打ち込みが相手には見えていなかったようで、手が止まった(もちろん自分も見えていなかった><)
▲2三銀に△同銀は▲同と△同金▲4三金△4一玉▲2三桂成で寄る。いっぺんに流れが変わり、狼軍のペースになった。

第6図以下△4一玉▲2二と△5一玉▲3二と△6一玉▲3三と△2三銀▲6三金△9六歩(第7図)



駒得の寄せは切れない、という鉄則がある。大駒を切り、駒をタダで捨ててかっこよく寄せようとすると失敗することも多いけれど、駒得をしながらの寄せは、見た目は地味でも間違いが起こりにくいのだ。

本譜はまさに「駒得の寄せ」(もともと駒損していたので、それを取り返すという形)で、美貴様と4将の安倍さんが着実に後手玉を追い詰めていく。何より先手玉は鉄壁の矢倉囲いで、安心して見ていられるのである。
それでも、△9六歩と端に手をつけてきた。狼軍が去年今年と奇跡を起こし続けてきたように、相手チームもまた奇跡を信じて最後まで全力で戦っている。一瞬の気の緩みが、相手チームの奇跡を引き起こしてしまうかもしれない。

第7図以下▲7二金△同玉▲9六歩△9七歩▲5三角△6二歩▲4三桂成△6九銀▲6八金打△7八銀成▲同金△3八飛(第8図)



△9七歩と自玉のすぐそばに垂らされるのは、たとえ優勢であっても気持ち悪いものだ。安倍さんは▲5三角と打って攻防に利かす。そして、△6九銀には▲6八金打。最短の勝ちを目指すなら▲6八金引とか、極端に言えば手抜きで攻め合う手もあるところかもしれない。それでも、リレーで大切なのは「勝つ指し方」よりも「負けない指し方」。▲6八金打はその典型である。

後手は△3八飛と大砲を下ろす。当然ながら、諦めている様子は微塵も感じられなかった。

第8図以下▲6八銀△5九馬▲5二成桂△6三金▲6一銀△7三玉▲7一飛△8四玉▲8一飛成△9六香▲9七香△6九馬▲8六角成△9四桂▲8五馬△7三玉▲7二竜△6四玉▲7五馬(第9図)まで、先手の勝ち。



第8図では次に△9八金の狙いがある。▲6八銀がしっかりした受け。次の△5九馬はドキッとする手だが、安倍さんは動じることなく落ち着いて寄せていった。最後は2周目がまわってきたガキさんが後手玉を仕留め、結果的には狼軍の快勝という形に。

自分のところで形勢を損ねたのを(安倍さん曰くそれほど悪くはなっていないらしいが…)、3人にカバーしてもらった一局。次は3人に恩返ししたいなあ。



いよいよベスト8。去年到達した場所に、帰ってくることができた。

去年の結果をあまり気にしすぎるのは予選前にやめたけれども、やはり意識の中に「ベスト8までは」という目標は多少なりともあったと思う。それだけに今回の勝ちも格別の嬉しさがあった。

今年のチームは何か違うぞ、という感触が、実は少しある。単にここまで全部勝っているから、というのではなく、もっと違う部分でそれを感じている。

ベスト8の壁を超えられるかどうかは、まだ誰にも分からないけれど。勝つにしても負けるにしても、きっといい将棋を指せることだろう。


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