「あー、まずいのかなあ…」

実際には指していない自分もまた、画面の前で苦しんでいた。
△7五銀右。「棒銀は五段目に出た時点で成功」と習ってきた、その銀が五段目にいる。…居飛車良し、なのだろうか。

いろんな思いが頭の中を駆け巡る。そして結局は、「みんなを信じよう」と決めて心を落ち着かせた。

今年、チームのリーダーを任された自分。チームをうまくまとめるだけの力量もないし、将棋で引っ張っていくだけの棋力もない。そんな自分がリーダーとしてできる唯一のことが、今までアホみたいに繰り返してきた「3人を信じる」ということ。自分にはそれしかできないけれど、だからこそ、それだけはどんなことがあっても貫き通したいと思った。



10月4日、土曜日。ベスト4進出をかけた一戦の対局日。去年はここで涙をのんだわけで、今年はぜひという気持ちは当然あった。そして個人的なことを言うと、この対局が10代最後のリレー将棋となる(初めて狼の将棋スレに来たのが18歳になりたての頃…月日が流れるのは早いものだ)。

午前中に用事があって早めに起床すると、外は雨が降っていた。…雨は嫌いだ。
それでも用事を済ませて正午になる頃には雨も小降りになり、いつものコーヒーショップで昼食をとって(リレーの日の「儀式」になりつつある)、祝勝会用の食べ物飲み物を買って家に戻る頃には雲の間から太陽が顔を出していた。

夕食はコンビニでカツ丼を買った。ちなみに、リレーの日にカツ丼を食べるのは今回が初めて。去年の準々決勝なんて、緊張でろくに食べることも飲むこともできなかったけれど、今回はペロリと平らげることができた。エネルギーの充電はバッチリ。

そしてこの日、プロ野球のデーゲームで中日ドラゴンズがクライマックスシリーズ出場を決めていた。テンションもいい感じ。



準々決勝の相手は、みに@おふろチーム。チームカラーとしては狼軍と同じ、4人のバランスで勝負するタイプである。

相手チームの代打などで少しバタバタしたが、21時半頃に無事対局開始。狼軍のオーダーは亀→ガキさん→安倍さん→美貴様。ちなみに美貴様は祝勝会用スイーツの値段を毎回2倍に増やし、とうとう今回は高いお肉を買われたらしい。もちろん、「負けたら捨てる」宣言は変わらず。


初手から▲7六歩△8四歩▲6八銀△8五歩▲7七角△7二銀▲6六歩△4二銀▲6七銀△5四歩▲8八飛(第1図)



実に5回連続の先手番。運に恵まれている。
▲7六歩△8四歩に▲6八銀と上がって矢倉模様に。…といっても矢倉にするつもりは全くなくて、△8五歩に▲7七角から向かい飛車にした。

第1図以下△8三銀▲4八玉△1四歩▲1六歩△9四歩▲3八玉△9五歩▲2八玉△8四銀▲3八銀△5三銀▲6五歩△4二玉▲5八金左△3二玉▲4六歩△3一角▲3六歩△6四歩(第2図)



後手の出方によっては▲7五歩〜▲7六銀と出て8筋突破を狙う「メリケン向かい飛車」も視野に入れて事前に作戦を練っていたのだが、本譜は▲7五歩と突いてもこの歩を簡単に取られてしまう形なので、ごく普通の向かい飛車に。後手は△8三銀〜△8四銀の棒銀と、△5三銀〜△6四銀〜△3一角の「鳥刺し」狙いを合わせたような駒組み。

振り飛車とはいえどもいつでも攻撃できる形にしたいので、▲6五歩と角道を開ける。その歩を狙って△6四歩で、戦いが始まった。

第2図以下▲6四同歩△同銀▲5六銀△5二金右▲6八飛△7四歩▲4五歩△7五歩▲4四歩△7六歩▲4三歩成△同金▲8八角△6六歩(第3図)



第2図で最初の作戦会議。出た案は▲6四同歩△同銀に▲5六歩〜▲6六銀〜▲5五歩と中央を狙う順と、歩を取らずに▲5六銀〜▲6八飛とまわる順。
…だったのだが、会話が入り乱れたため2将のガキさんを混乱させてしまい、本譜の順になってしまった。将棋の内容よりも、むしろこのあたりが反省点だろうか。

先手は4筋、後手は7筋をそれぞれ攻め合う。理屈的には玉の近くを攻めている先手に分があるのだが、第3図の△6六歩が「焦点の歩」の軽妙手。角で取れば飛車の利きが、飛車で取れば角の利きが止まる。

第3図以下▲4四歩△同金▲6六角△5五歩▲6五歩△7五銀右▲6四歩△6六銀▲6五銀△6七歩▲同金△同銀成▲同飛△7八角▲6七飛△8九角成(第4図)



▲4四歩△同金を利かしてから▲6六角と出るが、△5五歩で止まってしまった。そして▲6五歩には△7五銀右。
振り飛車が「捌き」の戦法であるのに対し、棒銀は振り飛車側に捌かせない「抑え込み」の戦法。その優劣の大きな目安が、「棒銀が四段目にいるか、五段目にいるか」である。四段目にいる棒銀の働きを10とするなら、五段目に出たときの働きは軽く見積もっても500はある。それくらい大きな差なのだ。

そういうわけで少し苦しそうだが、あえてもう一度繰り返すと自分は3人を信じていた。今までだって、この局面よりもずっとずっと苦しいような将棋をひっくり返してきた。だから、絶対に大丈夫だと。

ガキさんは、持ち味である苦しくなってからの粘り腰を発揮。駒損はしているが、先手にも楽しみや主張点は十分に残っている。

第4図以下▲4二歩△同角▲6三歩成△7五角▲6六銀△3一角▲5三銀△3四金▲5五銀△9九馬▲5六銀△2四桂▲3七銀△6七歩▲4八飛(第5図)



先手の主張点は、玉の堅さと▲6三歩成のと金作り。特に玉の堅さは、形勢に関係なく大きな武器になる。

第4図で3将の安倍さんにバトンタッチ。
▲4二歩△同角▲6三歩成と待望のと金を作り、△7五角にはガッチリと▲6六銀。今度は先程までとは逆に、先手が後手の駒を抑え込む番である。二枚の銀を▲5五銀、▲5六銀と中央に活用し、▲4八飛とまわった第5図。相変わらず先手の駒損だが、駒の働きが大差になっていた。遊び駒の全くない先手に対し、後手には遊び駒が目立つ。

…身体がゾクゾクッとなるのを感じた。リレーで優勢を確信したときに感じる、いつもの感覚だった。

第5図以下△4三歩▲6六歩△6八歩成▲4四歩△同歩▲同銀△4五歩▲同銀△同金▲同飛△5四銀▲4三金△2二玉▲7五飛△4三銀▲7一飛成△3二銀▲8二竜△6六馬(第6図)



▲6六歩といったん馬を封じ込め、▲4四歩から快調に攻める。先手玉は安全なので、重くても切れないように攻めればよいのだ。

△4三銀の局面で4将の美貴様にバトンタッチ。ここの作戦会議でも▲4三同銀成と取るか、▲7一飛成とするかで意見が分かれた。

自分は▲同銀成派で、それでも普段なら「まあ、飛車成っても優勢だしいいか」と納得するところなのだけれど、この時は少し食い下がった。実はちょっとだけ熱くもなっていた。普段は感情的になることのないように気をつけているつもりだけれど、この時はそれも忘れるくらい「勝ちたい」という気持ちが強かったんだと思う。もちろん、その気持ちは全員が強く持っていたことだろう。

第6図以下▲4三銀不成△3六桂▲1八玉△4二歩▲同銀成△2八金▲同銀△同桂成▲同玉△5五馬▲3七歩△8二馬▲3二成銀△同金▲同銀成△同玉▲6二飛(第7図)



△3六桂は見えていなければドキッとするところだが、美貴様は冷静に対処する。△2八金にはすんなり清算して王手竜取りをかけさせるが、▲3七歩で先手玉は安全。将来的に△3七馬▲同桂となったとき、いわゆる「桂馬ゼット」の形なのだ。つまり、桂を渡さずに寄せればいい。

▲6二飛と打ち下ろして、いよいよ勝利目前。

第7図以下△4二飛▲4四桂△4三玉▲4二飛成△同角▲4五金△3四歩▲3二銀△3三玉▲4三飛(第8図)まで、先手の勝ち。



一気に詰ましにいく手もあるのかもしれないが、前述のように桂を渡すと先手玉にも頓死筋が生じる。慌てず騒がず、▲4五金と必至をかけるのが上手な勝ち方。△3三玉で120手になったため、トドメの▲4三飛だけを自分が指させていただき、ついに去年の壁を越えてベスト4進出。狂ったようにバンザイしたりガッツポーズしたりを繰り返していた。



ついにここまで来たか、という感じである。決して楽な道のりではなかったけれど、だからこそ感慨深いものがある。

いよいよ「優勝」の2文字も現実味を帯びてきた。あと2勝。プレッシャーも相当なものになるだろうけれど、あまり気負いすぎずに自然体で臨めればいいなあと思う。
自然体で臨めば、うちのチームならきっと大丈夫。自分はそう信じているから。


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