絶対的な堅さを誇る相手の城は、もはや火に包まれていた。もう王様に逃げ場はない。
そして、最後の一太刀が浴びせられる。対応を誤ると危ない。それでも、正しく対応すれば届かない。大丈夫。大丈夫。大丈夫。

響き渡る秒読みの音。そして─────



去年涙をのんだベスト8の壁を越え、とうとう準決勝に駒を進めた狼軍。もうすっかり寒くなった10月18日、準決勝の相手はさざんか@影チーム。

正直な話、何が何でも絶対に勝ちたい、というような気持ちではなかった。去年の壁を超えることができたという満足感が大きかったんだと思う。
しかしその上で、負けるというイメージは全くなかった。イメージすることができなかった。今年の狼軍は何かが違うのだ。

当日の過ごし方は、定跡手順になっていた。昼食はいつものコーヒーショップ。帰りに祝勝会用の食べ物飲み物を購入。そして、作戦会議が始まるまでは将棋のことを考えない。

夕食は今回もカツ丼。食べ終わる頃には少しずつ緊張もしてきたが、これもいつも通りだ。そして、恒例となった美貴様の「負けたら捨てる」宣言……今回は、なかった。

まあ、これですからね。



午後9時、対局開始。今回のオーダーは安倍さん→美貴様→ガキさん→亀。実はこのオーダーによって、4人全員が1将〜4将全てを経験という快挙を達成できた。おそらく史上初ではないだろうか。

相手チームは、2〜4将の点数がこちらよりも上。やはり今までと同様に、1将のところから積極的に動いていく方針で作戦を練った。

初手から▲7六歩△3四歩▲6六歩△9四歩▲9六歩△6二銀▲7八銀△6四歩▲6七銀△6三銀▲6八飛△5四銀▲4八玉△4二玉▲3八玉△6二飛(第1図)



今大会初の後手番。先手の四間飛車に、△6二飛と右四間飛車に構えた。数多い対振り飛車の戦法の中でも、最もスピードと破壊力があるのはこの右四間飛車だろう。いつでも好きな時に△6五歩と仕掛ける権利がある。

第1図以下▲5八金左△3二玉▲2八玉△5二金右▲1八香△1四歩▲1九玉△6五歩▲2八銀△6六歩▲同銀△6五歩▲7七銀△1五歩(第2図)



先手は▲1八香で穴熊の意思表示。「負けにくい指し方」が大切なリレー将棋で、穴熊はある意味最適な戦法かもしれない。

▲1九玉の瞬間に安倍さんが仕掛けた。△6五歩。▲同歩は△8八角成▲同飛△6五銀で後手ペースなので、先手は手抜きで▲2八銀。これですぐに潰せるということはないが、△6六歩▲同銀△6五歩▲7七銀と悪形を強要して、まずまずの序盤。

第2図以下▲3九金△4四角▲4六歩△8四歩▲5六歩△3三桂▲3六歩△4二金寄▲4七金△2二銀▲6六歩△2五桂(第3図)



第2図で2将の美貴様に交代。
先手が穴熊を固める間、後手は△4四角、△3三桂と端に狙いをつける。途中の△8四歩は△9三桂▲8六歩△8五歩を狙ったものだが、やや緩手だったか、とのこと。

穴熊を完成させた先手は▲6六歩と反撃開始。△同歩▲同銀△6五歩▲5五銀は先手の駒が一気に捌けてしまってまずい。△2五桂と跳ねて端に圧力をかける。相当な迫力。

第3図以下▲6五歩△同飛▲6六銀△8五飛▲6七飛△6五歩▲5五銀△同銀▲同角△同角▲同歩△7八角▲9七桂△6七角成▲8五桂△8九飛(第4図)



▲6五歩に△同飛。玉形の差を考えると飛車交換はなかなか挑み辛いところだが、この思い切りの良さは美貴様らしいといえばらしい。

観戦の人たちの評判は▲同飛△同銀▲6一飛で先手良しというものだったが、個人的には7七銀と8八角の遊び駒がひどいのと、後手からの端攻めが厳しそうなのとで後手が指せるんじゃないかと思っていた。

先手は飛車交換に応じず▲6六銀。それに対しても強く△8五飛から△6五歩で、一気に決戦となった。

先に▲8九飛と打ち下ろした第4図。これはいいはず、と思っていた。先手の穴熊は、見た目よりもはるかに危険な状態なのだ。

第4図以下▲4五角△同馬▲同歩△1七桂成▲同香△1六歩▲1八歩△1七歩成▲同歩△1二香打▲4八銀△9九飛成▲6三角△1三香打(第5図)



▲4五角は馬を消しつつ4筋の歩を伸ばす狙いだが、△同馬▲同歩で貴重な手番を得た。ここで3将のガキさんに交代。

△1七桂成と突っ込むのが猛烈に厳しい。香を入手して△1二香打と据え、▲4八銀と一枚使わせて今度は悠々△9九飛成。▲6三角に△1三香打で、香の三段ロケットが実現した。

先手陣はもはや受からない。凶悪なほどの固さを誇る穴熊でも、急所を的確に攻めれば信じられないくらい簡単に崩壊してしまうのだ。

第5図以下▲7一飛△1七香不成▲同銀△同香成▲同桂△同香成▲4一角成△同桂▲4四桂(第6図)



先手も▲7一飛と打ち下ろしていつでも▲4一角成と切る手が生じたが、金駒を何枚も渡さない限りは後手玉が詰むことはない。△1七香不成以下、三段ロケットが一気に火を噴く。

もはや先手玉は防戦不能。▲4一角成△同金▲4四桂は最後のお願いといったところだ。

▲4四桂は一瞬ドキッとする手だが、△3三玉でハッキリ詰まない。

…大丈夫。会心譜は、もうすぐ完成する。

第6図以下△4四同歩▲4三金△同玉▲4一飛成△4二金▲4四歩△3三玉▲4二竜△2四玉▲2六香△1五玉▲2五金△1六玉▲1五金打△2七玉▲3七金(第7図)まで、先手の勝ち。



△4四同歩。心臓が1つ大きくドクン、と鳴った。▲4三金△同玉▲4一竜。危ない。危なすぎる。

△4二桂でどうなる…と必死に読んでいた。▲4四歩△3三玉▲4三歩成(△同玉は▲4四香)△2四玉(変化1図)。



どうやら、これなら詰みを逃れているらしい。もちろん見ている時はきっちり読み切れるはずもなくて、ただハラハラしながら祈るしかなかった。この日だって同じ。3人のことを最後の最後まで信じ続けていた。それが裏切られようが裏切られまいが、そんなのは何の関係もない。


─────▲4一竜に△4二金。残酷だけれど、この一手でひっくり返ってしまったらしい。△4四歩▲3三玉に△4二竜と取られてしまうのだ。金が二枚なので△同玉とは取り返せない。


いつか書いたが、リレー将棋には甲子園と同じく「魔物」が潜んでいる。もうすぐ勝てるという局面での焦り、プレッシャー。1対1で指す将棋にもそれはあるけれど、4人で戦うリレー将棋はそれらが4倍の大きさになって襲い掛かってくる。そしてそれが、普通では考えられないような大逆転劇を引き起こす。

予選の1回戦では、相手チームに魔物が襲い掛かった。そして狼軍は大逆転勝ちを収めた。今回はその魔物がガキさんに襲い掛かっただけのこと。ガキさんを責めることはできない。


△2四玉の局面で4将の亀にバトンタッチ。もう、全てを天に任せるしかない。

▲2六香。しばらく考えた。30秒か40秒くらいだったと思うが、ずいぶん長い時間のように感じた。全てを悟るための時間。△3七金まで、ぴったりの詰み。


…自分で良かった、と思った。こんな辛い仕事、他の3人には任せられない。

最後に投了ボタンを押すこと。どうしようもなく頼りないリーダーが果たせる、精一杯の仕事だった。



感想戦のことは、あまりよく覚えていない。たぶん、しばらく放心状態だったんだと思う。悔しいというよりも、ああ終わったんだ、とボンヤリ考えることしかできなかった。去年のあの時に似た感覚。


ようやく冷静さを取り戻し始めた頃、美貴様と安倍さんが「序盤でもっとリードしておきたかった」と言った。自分の想像でしかないけれど、この言葉には色んな意味が込められていたと思う。そう考えたら胸が熱くなった。…目の前の画面が少し霞んで見えた。

─────やっぱ最高だわ、このチーム……


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