それはまるで、濃い霧の中を一人さまよっているような感覚だった。先が見えない焦り。プレッシャー。リレー将棋に潜む「魔物」の存在を自分自身でここまでリアルに感じたのは、もしかすると初めてのことかもしれない。

そんな中で思い出した、たくさんの仲間の存在。…そうだ、自分は一人じゃない。

霧が、スーッと晴れたような気がした。



初戦に敗れて早くも追い込まれた狼軍。負けたら終わりという予選2回戦は、8月2日に行われた。

前日に大生チームの予選2回戦の対局があり、健闘及ばず敗れてしまった。24席主の久米さん曰く、リレー将棋で優勝するのは一番強いチームではなく、一番運のいいチーム。それが面白いところであり、残酷なところでもある。


当日は日曜日。普段はリレーの日には将棋のことをできるだけ考えずに過ごすことにしているのだが、この日はNHK将棋の時間を見て、午後に大和証券杯の決勝戦も観戦した。特別に理由があったわけではなく、ただ単に見たかったから見たのだが、これでいい感じに気持ちを高揚させることができた。

あとは前回カツを食べないで負けた反省(?)を活かし、昼には某Mバーガーでロースカツバーガーを食べた。こういうゲン担ぎはあまりしないタイプなのだが、リレーの日だけは特別である。


さて、予選2回戦の相手は「継将会野獣支部」チーム。3将は2400点台の強豪である。狼軍は前回の2将と3将を入れ替え、リンリンさん→よっすぃーさん→れいなさん→亀の布陣。

前回は思わぬアクシデントがあったので、今日は無事に…と思っていたのだが、またしても想定外の事態が起こってしまう。対局開始の時間になってもれいなさんが現れない。前日に体調があまり良くないと言っていたのを思い出して、心配になった。最悪の事態に備えて、応援に来ていた美貴様に代打に出るための心の準備をしておいてもらい、対局開始。


▲7六歩△3四歩▲2六歩△4四歩▲4八銀△3二銀▲5六歩△4二飛▲6八玉△9四歩▲9六歩△7二銀▲7八玉△6二玉▲5八金右△7一玉▲1六歩△1四歩▲8六歩△6四歩▲8七玉△6五歩▲7八銀△7四歩(第1図)



前回は四間飛車穴熊の作戦をとったが、今回は相手の四間飛車に対して居飛車で左美濃(天守閣美濃)を採用。色々な戦型を指しこなすという強みは、メンバーが変わっても共通している。

序盤はごくごく普通の進行だったが、▲8六歩と左美濃の作戦を明示すると相手の様子が変わった。△6四歩〜△6五歩と早めに位を取る。これ自体は、先手が▲6六歩〜▲6七金のように囲いを発展させるのを阻止するという意味でよく指される手だが、ここで突くのは少し早いのではないかというのが第一感だった。先手は▲7八銀まで指せばある程度強く戦えるが、後手はまだ駒組みに手数がかかる。

第1図以下▲3六歩△4三銀▲4六歩△7三銀▲2五歩△3三角▲4五歩△3二金▲4四歩△同銀▲3七桂△4五歩▲7九角△5四歩(第2図)



△7三銀は初めて見た手。どうやら△8四歩〜△8二飛として、天守閣美濃の急所である玉頭を攻める構想だったようだが、この瞬間後手陣はかなりバラバラである。▲2五歩△3三角で2将のよっすぃーさんにバトンタッチし、▲4五歩と開戦した。△3二金は非常手段的な受け。


ちょうどよっすぃーさんにバトンタッチする直前、美貴様から直通でれいなさんが来たことを教えてもらった。それを聞いて安心したのだが、高熱を出してずっと寝込んでいたとのこと。3将のれいなさんにあまり負担がかからないような展開になってほしい…と祈る。


▲3七桂△4五歩にどうやって手を作るのかなと思いながら見ていると、▲7九角が指された。序盤で右銀を7七まで持って行って▲7九角という展開はよくあるが、駒がぶつかった後にジッと角を引く手は自分の中で盲点になっていた。▲2四歩の攻めを狙いながら△3五歩のような手も防いでいて、これは味が良さそうである。

△5四歩は次に△5五歩や△5三銀を狙った手だが、第一感は少し怖そうな手である。将来の▲5三角が透けて見える。

第2図以下▲7七桂△5五歩▲同歩△4六歩▲2四歩△同歩▲5四歩△4三金▲5三歩成△同銀▲4五桂△5五角▲2四飛△2二歩▲5三桂成△同金▲6五桂△6三金▲6六銀△3三角▲3四飛△6二銀(第3図)



▲7七桂は後手の角のラインを予め防ぎつつ▲6五桂と跳ねる手も狙っているが、将来△7五歩と攻められたときに当たりが強くなる面もあるので損得は微妙なところ。後手もいったんは△6四銀と上がっておくかと思ったのだが、あくまでも強気に△5五歩と攻めてきた。

△4六歩以下の互いの指し手は、歩の上手な使い方のお手本といったところで、特に中級くらいまでの方には勉強になる手順だと思う。

△4六歩は▲同角に△5五銀と出ることで攻めに勢いをつける狙い。そこで先手は先に▲2四歩△同歩と突き捨てることで、▲4六角〜▲2四角とスムーズに活用することを可能にした。そしてジッと▲5四歩。このように突き出された歩は後手にとって相当に気持ち悪いのだ。具体的には、次に▲4五歩△5五銀▲5三歩成の狙いがある。そして△4三金には軽く▲5三歩成が上手く、金銀どちらでとっても桂を跳ねて両取りがかかる。その後の▲6五桂〜▲6六銀も手堅く、よっすぃーさんが見事にリードを奪った。

そして第3図で、3将のれいなさんにバトンタッチ。リードは奪っているが、体調の良くない状態で指すには少々過酷そうな状況に思える(相手は2400点台だ)。「次に自分もいるんだから、安心して…」と、冗談とも本気とも取れない言葉で送り出した。


この対局に関しては、誤算が2つあった。1つは、他でもない自分自身の調子が今一つだったこと。そしてもう1つは、病み上がりのれいなさんが2400点台のエースを圧倒してしまうほどの指し回しを見せたという、嬉しい誤算だった。

第3図以下▲4三歩△同飛▲4四歩△4一飛▲4六角△6四歩▲3七角△7二金▲7七銀引△4二歩▲5四歩△同金▲4三歩成△7七角成▲同銀△6五金(第4図)



第3図では▲5四歩や▲3三飛成△同桂▲5五角など色々と手が見えて悩ましいところだったが、作戦会議では遊んでいる7九の角を使おうということで▲4三歩〜▲4四歩に決定した。

△6四歩に対する▲3七角は見事な落ち着きぶり。△4五香や△4五銀のような手を未然に防ぎ、将来△4四飛と走られた時に角の当たりも避けている。さらに次の▲7七銀引も、あまりに味が良すぎて痺れてしまった。自陣を引き締めながら、▲6五歩が銀に当たるのを避けている。

中盤から終盤に差し掛かってくると、▲3七角や▲7七銀引のような「どうぞ好きな手を指してください」という手はなかなか指し辛いものだ。それでも局面によっては、「好きな手を指していいですよ」と手を渡すのが、相手としては一番困ってしまうことだってある。この局面がまさにそうだった。△4二歩はいかにも辛い手。

次の▲5四歩(これも抜群に味がいい)に対する△同金は、恐らく相手のうっかりではないかと思う。▲4三歩成が激痛で、優勢から勝勢へと移りつつあるのを感じていた。

第4図以下▲3二飛成△5一飛▲5三歩△4一銀▲2一龍△7五歩▲7四桂△4三歩▲6二桂成△同玉▲5二銀△同銀▲同歩成△同飛▲7四角△6三桂▲6五角△7六歩(第5図)



もちろんながら、相手も簡単には諦めない。△7五歩と、先手玉の一番嫌味なところを突いてきた。対して先手は空いたばかりの空間に▲7四桂。このあたりの感覚は普通の棋書にはあまり書かれていないと思うが、△7五歩のような相手が少しでも気持ち悪いと思うような手を指したり、それに対する▲7四桂のような相手が指した手をマイナスにする手を指すのは、実戦感覚としてかなり大事なことだ。

▲5二銀△同銀▲同歩成△同飛の局面で、4将の亀にバトンタッチ。

過去にも何度か書いてきたが、リレーで大切なのは「最短で勝つこと」よりも「負けないこと」。そこで▲7四角〜▲6五角と取り払ってしまって、自玉をまず安全にしようという結論が作戦会議で出た。

▲7四角△6三桂▲6五角。△同歩なら▲6一銀くらいでハッキリ先手勝ちである。かと言って、▲6五角を取らないのではあまりにも辛すぎる。

…そんなふうに考えていたので、本譜の△7六歩は少しだけ考えはしていたものの、実際に指されてパニックになった。

第5図以下▲同銀△7五桂打▲7八玉△6五歩▲7五銀△8七銀▲6八玉△5六桂▲5九玉△7七角▲4九玉△7五桂(第6図)



第5図の局面、▲同角と取れば、取られるはずだった角を手順に逃げて金の丸得になる。全く普通の手だし、これほどおいしい取り引きもない。形勢はハッキリ先手がいいのだから、相手の意表を突こうなんて考える必要はないし、普通の手を指していればいいのだ。

それでも自分は▲同銀と取ってしまった。△6五歩と取らせた形のほうが後手玉を寄せやすいと考えたのだが、それでは「まずは自玉を安全に」という▲7四角〜▲6五角の方針と矛盾してしまう。一度決めた方針は簡単には変えない、というのも、棋書には書いていない大切な考え方である。

△6五歩に対する▲7五銀も危険な手だった。△同桂の時に詰みがありそうと直感的に判断したのだが、しっかり読み切っていたわけではなかった。そして実際、後手玉に詰みはなく、逆に先手玉のほうが▲8七角以下の詰めろになっていたようだ(ソフトに解かせたらかなり難解な詰みだったが)。

△8七銀と打たれたあたりではどうしようもないほどのパニック状態で、それはまるで、濃い霧の中を一人さまよっているような感覚だった。先が見えない焦り。プレッシャー。リレー将棋に潜む「魔物」の存在を自分自身でここまでリアルに感じたのは、もしかすると初めてのことかもしれない。

固唾をのんで対局を見守っているであろう多くの仲間のことを考えて、申し訳ない気持ちで一杯になる。



……仲間?

ハッとした。自分は一人で指しているわけじゃない。自分が今ここで決めなきゃいけないわけでもない。自分一人で答えが出せないのなら、仲間に甘えたっていいんだ。リンリンさんがいて、よっすぃーさんがいて、れいなさんがいて、控え室の検討盤にはみんなが居るから。

第6図。もう、パニックになることはなかった。

第6図以下▲5三歩△同飛▲7四桂△6三玉▲6四銀△5四玉▲5三銀成△同玉▲5一龍△5二歩▲5四歩△4四玉▲3五金△3三玉▲3四飛△2三玉▲2四金△1二玉▲3二飛成△4八桂成▲同金△3八銀▲同玉△2七銀▲同玉△2三銀▲2一龍寄(第7図)まで、先手の勝ち



先手玉は安全なので、無理せず確実に寄せればいい。

手順に飛車を奪い、王手で追いかけながら120手目を目指す。120手目になれば、作戦会議で仲間が答えを出してくれる。

ただ、▲5三歩では▲6四銀と基本通りに挟み撃ちの形にしたほうが明快だったし、自分が最後に指した▲3五金のところでは▲4五歩と打てば即詰みだったようだ。秒読みの中で絶妙手が見えないのであれば仕方がないが、ごく普通の手すらもしっかり指せなかったのは大きな反省点になった。

▲3五金に△3三玉で120手となり、作戦会議で必至をかける順が発見された。最後はリンリンさんが正確に指しきって、▲2一竜寄までの勝ち。


自分のところでだいぶもたついた以外は、内容的に快勝だったと思う。
1人の不調や悪手を、チーム全体でフォローして戦うのがリレー将棋。今回はフォローしてもらいっぱなしだったので、次の対局ではフォローする側にまわりたいものだ。


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