1勝1敗で迎えた運命の予選第3局は、8月15日に行われた。

亀は前日から将棋大会のために遠征していて、この日は宿泊先のホテルからの参加。普段と違う環境での対局ということで少し不安はあったが、いざ始まってしまうとそういうことは全く気にならないものだ。日中に大会で将棋を指した疲れもあったが、それで逆に余計な力が抜けたという面もある。祝勝会用のお酒などを買ってからホテルへ戻り、すぐにPCの前に向かった。



予選3回戦の相手はS-1チーム。全員が1000点以上というバランス型の構成である。狼軍は2回戦と同じ、リンリンさん→よっすぃーさん→れいなさん→亀の布陣。

過去の2局、いずれもアクシデントに見舞われながらの対局となった狼軍だが、なんと今回も思わぬアクシデントが起こってしまった。1将のリンリンさんが、対局の数日前になんと利き手の指を骨折してしまったというのだ。対局自体はなんとか可能とのことだったが、不安を抱えながらのスタートとなった。


▲7六歩△3四歩▲2六歩△4四歩▲4八銀△3二銀▲1六歩△1四歩▲9六歩△9四歩▲5六歩△4二飛▲6八玉△6二玉▲7八玉△7二玉▲5八金右△8二玉▲8六歩△7二銀▲8七玉△4三銀▲7八銀△5二金左(第1図)



戦型も前回と同じ、相手の四間飛車にこちらの左美濃という形になった。前回は相手が序盤から積極的な動きを見せてきたが、今回は至って普通の駒組みになっている。

第1図以下▲3六歩△6四歩▲3七桂△7四歩▲2五歩△3三角▲5七銀△7三桂▲6六銀△6五歩▲7七銀引△6三金▲7九角△2二飛(第2図)



△3三角までで30手となり、2将のよっすぃーさんとバトンタッチ。一手一手指すこと自体が大変な状況で、リンリンさんは立派に1将としての仕事を務め上げた。

▲5七銀△7三桂の局面は一つの大きな分岐点で、5七に上がった銀を▲4六銀と攻めに使うか、▲6六銀〜▲7七銀引と守りに使うかで、まるで違った将棋になってくる。相手陣に隙があるのなら▲4六銀から動くのも有力だが、やはり▲6六銀〜▲7七銀引と使うのがリレー向きの指し方だろう。後手の△6五歩は、先手に▲6六歩を突かせないことによって囲いの発展を防いだり、3三の角の睨みをより強力にするといった狙い。

△6三金と高美濃に発展させるのは自然な手ではあるが、ここではやや疑問か。△6三金よりも△5四銀〜△6三銀引のほうがより堅くなるのと、本譜の▲7九角の後に▲2四歩△同歩▲同角△2二飛▲3三角成△2八飛成▲4三馬(参考図)の筋が生じる。



▲7九角に△2二飛でとりあえず先手からの強襲はなくなったが、この△2二飛は振り飛車としてはあまり嬉しくない手だ(本来は、▲2四歩△同歩▲同角と動いた瞬間に△2二飛と反撃して受け止めるのが振り飛車の呼吸になる)。

第2図以下▲6六歩△同歩▲同銀△6五歩▲7七銀引△8四歩▲6七金△5四銀▲5七角△8三銀▲2六飛△7二金▲3五歩△同歩▲3四歩△5一角▲3五角△4三銀▲4六角△3四銀▲6四歩△6二金引(第3図)



▲6六歩は指してみたくなるところではあるが、後手に△2二飛とまわらせて(ほんのわずかだが)ポイントを挙げたので、▲9八玉〜▲8七銀〜▲7八金と囲いを発展させながら穏やかに指すのも有力だったと思う。

6筋の歩を切って▲6七金と上がることで高美濃は完成したが、6六の地点に傷を抱える形になってしまった。もっとも、先手からも▲6四歩や▲6二歩のような攻めが可能になるので、一概に損な取り引きとも言えない。

△8三銀の瞬間は後手陣がバラバラなので戦いに持ち込みたいところだが、すぐに▲3五歩は桂頭のキズがあるので▲2六飛はやむを得ないか。

△7二金に対して▲3五歩の仕掛けは、先手番で千日手にしづらいことを考えると仕方がない部分もあるが、おそらく厳密には成立していないのだろう。△同歩に▲同角は△3二飛と「攻められた場所に飛車」で反撃を狙われるし、本譜の▲3四歩△5一角▲3五角も△4三銀と引かれてみると手が続かない。

▲4六角〜▲6四歩とまずは拠点を作っておき、△6二金引で60手になり作戦会議。ここからどうやって手を作っていくか。

第3図以下▲3六飛△3二飛▲5五角△3五銀▲4四角△3六銀▲1一角成△1三桂▲6三香△5二金▲6一香成△3三角▲同馬△同飛▲2二角△3四飛▲1三角成△6四飛(第4図)



第3図から、3将のれいなさんにバトンタッチ。
作戦会議で決まった手は▲3六飛。△3五歩なら強く▲同角△同銀▲同飛と勝負して、駒損ながらも6四歩の拠点も大きいので実戦的には面白いだろうという結論だった。

相手も△3五歩は危険だと判断したのだろう、△3二飛と受けてきた。この手は作戦会議でもしっかり話し合っていなかったので、どうするのだろうかと見ていたら、れいなさんは長考の末に▲5五角!の勝負手を放った。△3五銀で飛車は取られるが、▲4四角(△同銀は▲3二飛成)〜▲1一角成と香を取り返す。押さえ込まれて手も足も出せなくなってしまうよりなら、駒損でも駒を捌いて勝負しようという判断だろう。△1三桂には▲6三香以下ガリガリと攻める。

第4図の△6四飛はノータイムで指されたが疑問手。先手に絶好の一着があった。

第4図以下▲4六馬△6一飛▲3六馬△3九飛▲4六馬△6二香▲6八金引△6六歩▲4四桂△5一金▲5二銀△6七歩成▲6一銀不成△同金▲6四歩△7八と▲同玉△6七歩▲同玉△8七角(第5図)



▲4六馬が気持ちいい一着で、だいぶ息を吹き返したように感じた。金銀四枚に馬まで利いている先手陣は、見るからに堅い。▲4四桂〜▲5二銀と食らいついて、多少苦しいながらも寄せ合いの形には持ち込めた。△6七歩成の局面で、4将の亀にバトンタッチ。

▲6一銀不成は細かいところだが大事な一手。▲6一銀成では手抜きで攻め合われて、5一の金を取っても後手玉には全く響かないので負けてしまう。不成で取れば急所の7二金に当たっているので、後手としても手抜くわけにはいかない。

▲6四歩と香の利きを止めてしばらくは安全…と思っていたのだが、△7八とを軽くうっかりしていた。どちらの金でも取れないのである。仕方なく▲同玉と取ったが、△6七歩が厳しい追撃。▲同金は△8七角があるので、開き直ってこれも▲同玉。それでも△8七角が厳しいか…。

第5図以下▲5九飛△同飛成▲同金△7九飛▲5八玉△6七歩▲同金△8九飛成▲3一飛△7一金寄▲6八銀△9九龍(第6図)



▲5九飛はこれくらいしかないところだろう。△3八飛成なら▲7八金上と角を捕獲して勝負する。
飛車交換のあとの△7九飛は自然だがやや疑問かもしれない。先手玉の左側は8七の角が押さえているので、「玉は包むように寄せよ」の格言通りに右側から迫りたいところ。▲5八玉となって、苦しくてもすぐには負けない形になった。うまくいけば入玉も望めるので、粘り甲斐があるというものである。

客観的にみると、第6図は100人に聞けば100人とも「後手勝ち」と言うような局面だと思う(駒割りは後手の銀香得)。亀自身、普段の練習将棋で先手側を持っていたらほとんど諦めながら指しそうだ。

それでもこの時、諦めの気持ちは一切出てこなかった。逆転の可能性が0.1%でも残されている限りは諦めずに指し続けるのがリレー将棋。
リレー将棋で劇的な大逆転が数多く起こるのも、誰もが0.1%を信じて、0.1%に賭けて、必死に指し続けるからこそなのだろう。

第6図以下▲6三歩成△同香▲6四歩△同香▲6五歩△同香▲6六歩△同香▲同金△5四桂▲5五馬△6六桂▲同馬(第7図)まで、先手の勝ち



▲6三歩成は悪手だったか。▲4五桂と跳ねて、3一の飛車と4六の馬をいっぺんに自陣まで利かしておくほうが勝った。

▲6四歩△同香に▲同馬は△6二香のきついお返しが待っているので、▲6五歩、▲6六歩と歩切れにして香を捕獲するしかない。△5四桂で120手になり、1将のリンリンさんに2順目がまわった。

▲5五馬に△6六桂▲同馬となれば9九の竜取りになるので、もう少し粘りが利く、という読み筋だった。

▲5五馬に相手が考えている。…変だな、と思った。▲5五馬は全くもって意表を突くような手ではないし、その後の指し方は相手チームも作戦会議で話し合っていたはずだ。長考に沈むような局面ではないはずだった。結局、秒を読まれてギリギリのところで△6六桂。▲同馬に再び相手が考え込む。なんだなんだ、どうしたんだろう。局面をよそに相手の心配なんかをしているうちにも、秒読みの機械音が響く。


「時間切れ負け」


…機械の秒読みは無情にも、相手の時間切れを告げた。

どうやら、相手チームの作戦会議で出た結論が1将にうまく伝わっていなかったらしい。それで混乱しているうちに時間が切れてしまったようだった。

狼軍の側からすると運に助けられた形での予選通過だが、それも全員が全力を尽くして指し、バトンを繋ぎ続けたからこその結果。諦めてさっさと投げていたら、0.1%の確率は0.0%になっていたのだから。



この対局の10日ほど後、外出先でテレビに目をやると、ちょうど甲子園の決勝戦が大詰めを迎えているところだった。9回表、ツーアウトランナーなしで4対10。逆転の可能性なんて、0.1%すらもなさそうな状況。しかし、負けているチームの選手は誰一人として諦めていなかった。四球を足がかりに連打を重ね、気づけば9対10、なんと1点差まで詰め寄っていたのだ。なおもツーアウトランナー1、3塁。一打出れば同点、さらには逆転まである。

惜しくも次の打者が強烈なサードライナーに倒れて試合は終わってしまったけれど、よくぞ1点差まで詰め寄ったものだと思った。

甲子園とリレー将棋には、魔物が棲んでいる。その魔物の目を覚まさせるものは、0.1%でも、0.01%でも、諦めずに奇跡を起こそうとする熱い気持ちなのだろう。


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