厳しい予選を通過し、いよいよ本選トーナメント。チームの合計Rが低い歩チームは一回戦から、危チームは一回戦シードで二回戦からとなった。

一回戦の対局日は8月21日、土曜日。この日亀はリアル大会のため遠征中だった。去年も同じような状況で予選3回戦を戦い、勝って予選通過を決めている。

当日、大会では3局指して2勝1敗。内容的には決して完璧ではなかったが、3局とも力は出しきれたと思う。この調子ならリレーもいい感じに指せそうだ、という手応えはあった。夕食をとった後は、リレーに向けて気持ちを切り替える。

去年はホテルをとって宿泊していたが、今年は会場の近くに住んでいる兄の家。リレーもそこで指すことになる。慣れない場所ではあるが、リラックスできていた。大会の疲れは、余計な力が入るのを防いでくれている。

近所の自販機でペットボトルのお茶を買ってきて、戦闘準備完了。ただ、そのお茶は対局が始まる前に飲み干してしまっていた。のどが渇いていた、のだろうか。



今回の相手は「SGI48」。なんとなく燃えてくる相手である。

相手チームは予選で2000点台のエースを1将に置き、序盤で一気に勝負を決めてしまうというスタイルで勝ち上がってきていた。同じように1将勝負で来られた時の対策、オーソドックスなオーダーに変えてこられた時の対策、二通りを考えておかなければいけなかった。

当日発表された相手のオーダーは、エースを2将に置くオーソドックスなオーダー。狼軍は前回と同じ、あやちょさん→亀→安倍さん→リンリンさんのオーダー。がっぷり四つの戦いになりそうだ。

21時、対局は始まった。

▲7六歩△3四歩▲6六歩△3二飛▲6八銀△5二金左▲6七銀△6二玉▲7八飛△3五歩▲3八銀△7二銀▲7五歩△3六歩▲同歩△同飛▲7四歩△3四飛▲7三歩成△同銀▲7六飛△7二金(第1図)



歩チームの後手番で相振り飛車に。練習対局や本番でも経験を積んだあやちょさん、以前よりもさらに安心して見ていられるようになった。序盤も、そして中終盤も、あやちょさんはリレー期間中だけでも大きく伸びたと思っている。

▲3八銀、△7二銀とお互いに美濃の構えだったが、▲7四歩に△3四飛▲7三歩成△同銀と、手順に矢倉に組み替えた。対する▲7六飛の浮き飛車は、金銀を前に出して圧迫していける矢倉に対してはあまり相性が良くないところか。

第1図以下▲3七歩△4二銀▲4八玉△7一玉▲3九玉△1四歩▲5八金左△1五歩▲9六歩△7四歩▲5六銀△2四歩▲7七桂△2五歩▲7五歩△同歩▲同飛△2四飛▲3五飛△3三角(第2図)



▲3七歩と収めて、先手は美濃で戦う方針。単純に上部からの攻め合いになれば、美濃よりも矢倉のほうに分がある。△1五歩で30手となり、2将の亀にバトンタッチ。囲いは矢倉の好形、そして△1五歩と詰めたことでいつでも端に手をつけられる。文句なしの出だしだ。

2将の自分がやるべきことは…有利、優勢まで持っていければ理想的。それが無理でも、互角以上の形で、そして3将の安倍さんが力を出せる形で、バトンを渡すこと。それが自分の仕事。


△7四歩は打たずに頑張る手もありそうだが、手堅く打っておくことにした。そして△2四歩〜△2五歩と、先手陣の最も薄い2筋に狙いをつける。

△2五歩に先手が反応した。▲7五歩△同歩▲同飛。伸ばした2五の歩を狙っている。△2四飛には▲3五飛。軽いジャブなのか。それとも、一気に大決戦を狙っているのか。

第2図以下▲6五桂△3四歩▲3六飛△6四銀▲9七角△6五銀▲同銀△3五歩▲同飛△2六歩▲同歩△1六歩▲同歩△1四桂(第3図)



▲6五桂。ジャブではなく、大決戦を先手は狙っていた。
長考の末の△3四歩は、「指してはいけない」類の手だろうと思う。▲6五桂に△6四銀▲7三歩△同桂▲同桂成△同銀▲4五桂(変化1図)という順が気になって指した一手だった。



変化手順中、▲7三歩に△6二金右とかわしておけばそれ以上攻めが続かない格好である。読みがあまりにもお粗末だった。

△3四歩が「指してはいけない」類の手なのは、メリットに比べてデメリットがあまりにも大きすぎるからである。相手の飛車の利きを止めるというメリットはあるが、同時に自分の飛車の横利きも止め、将来△3六歩のように嫌味をつけることができなくなっている。▲3六飛と引かれた局面は、それまでの流れがなければ△3五歩と突き捨てたいくらいだ。

「悪手は悪手を呼ぶ」という格言もある。次の▲9七角に対する△6五銀も、長考の末の大悪手だった。かわりに△6六角と出ていれば、いい勝負。タダで取れる駒を取る、当たり前すぎる手が、この時の自分には見えていなかった。

▲6五同銀に、3筋、2筋、1筋と立て続けに突き捨てて△1四桂。攻めている…のではない。仕方がなく攻めさせられている。駒損の攻め。他でもない、自分自身が最も嫌う展開だった。

…これは本当に自分なんだろうか。本当に自分がこんな将棋を指しているんだろうか。もはや盤面に集中することさえままならず、ただただ呆然とするしかなかった。

第3図以下▲3三飛成△同銀▲4六角△2六桂▲2四角△3八桂成▲同玉△2四銀▲3一飛△6一銀▲7四桂△7三角▲2一飛成△3六歩(第4図)



▲3三飛成。文字通りの、目が覚めるような一着だった。

▲4六角と打たれた局面は、客観的な目で見れば「終わっている」と言ってもいいくらいだろう。練習将棋なら苦笑いしながら投げているかもしれない。しかし、まだ投げられない。リレー将棋だから。3人の、いや、もっとたくさんの仲間がいるから。かろうじて闘志だけは残っていたけれど、それは本当に弱弱しい、消えてしまいそうな線香花火が、それでもわずかに光を放っているようなものだった。

△2六桂と跳ねて60手、バトンタッチとなった。茫然自失のまま検討盤に戻ると、なぜか日本語入力がうまくできずに半角カタカナしか出なくなっていた。まるで今の自分の状態を表しているかのよう。


安倍さんは必死に紛れを求めて粘る。その様子は、仲間に勇気を与えるものなのだけれど。この状況を作り出してしまった張本人である自分は、胸が潰れそうな思いだった。申し訳ない気持ち。自分を責める気持ち。そして、消えてしまいそうな闘志の火を必死に燃やして、奇跡の逆転を願う。

第4図以下▲8五桂△3七歩成▲同桂△同角成▲同玉△3四飛▲3五歩△同銀▲7三歩△7四飛▲同銀△4五桂▲4八玉△3六銀▲7二歩成△同玉▲7三銀打 (第5図)まで、先手の勝ち



▲8五桂が、最後の望みをも絶つ決め手。安倍さんは最後の最後まで懸命に指し続けてくれたけれど、▲7三銀打でついに力尽きた。

夏が、終わった。



安倍さんが検討盤に戻ってきて、簡単に一局が振り返られた。浴びせられて然るべきの、自分への非難の声……誰からも、浴びせられることはなかった。暖かくて、それが逆に辛くて、それでもやっぱり暖かい、「狼軍」というチームの優しさ。

「泣いてしまいそう」と言っていた、あやちょさん。辛い役目を押し付けることになってしまった、安倍さん。バトンを渡すことができなかった、リンリンさん。本当に、本当にごめんなさい。

一局の将棋を自分一人が壊してしまうということの重大さ。初めて味わった、これほどまでの悔しさ。来年のリレーまで、この想いは忘れないでいようと思う。


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