─────悔しくないなんてことはないし、反省もしなければならない。それでも、胸を張れることだってある。それこそが成長の証なのだと思う。



ベスト8をかけた一戦。その相手は「風林檎火山」チームに決まった。
・・・2年前のリレー将棋、予選と本選で1度ずつ対戦した相手。そして、2回とも負かされてしまった相手。「3度目の正直」を目指して、密かに(隠し切れていなかったかもしれないけれど)燃えていた。

9月10日、対局当日は、再び雨の降る天気。それでもやはり昼食はモスへ行って「タレカツバーガー」を食べ、いつも通りの過ごし方でリズムを作る。唯一今までと違う点は、祝勝会用のお酒を「発泡酒」から少し高い「ビール」に変えたこと。気合いの表れ・・・ということにしておこう。



今回もこちらのオーダーは変わらず、茉麻さん→よっすぃーさん→亀→もみじさん。相手は3将と4将に代打が出て、3将は奇しくも2年前に自分と指していた相手。4将は2将のメンバーがもう一度指すことになっている。

1将から3将までは点数でこちらがリードしているが、相手チームのこれまでの棋譜を見て、素直に「これは強い」と思わざるを得ないものがあった。油断は全くできない。

▲7六歩△3四歩▲6六歩△3五歩▲4八銀△3二飛▲6八玉△6二玉▲7八玉△7二玉▲5八金右△8二玉▲2六歩△7二銀▲7七角△9四歩▲8八玉△9五歩▲9八香△5二金左▲9九玉△6四歩▲8八銀△7四歩▲6七金△6三金(第1図)



狼軍の後手番で対局開始。

実はずっと、後手番では▲7六歩△3四歩▲2六歩の出だしだけを想定していた。それには△5四歩からゴキゲン中飛車を指す予定だったのだが、開始直前に▲7六歩△3四歩▲6六歩の可能性があることを聞き、急きょ作戦を考えたのだった。それが△3五歩から△3二飛。

茉麻さんは相振りの経験が(自分の知る限りでは)全くないので勇気のいる選択だが、相振りの経験が少ないのは相手も同じ。結局相手は居飛車を選択し、対抗形になった。

▲9八香で相手は穴熊の意思表示。振り飛車側は△5二金左のあと、左銀の活用を図るのが自然な流れだが、茉麻さんはそれを保留し、高美濃への発展を優先させた。左銀の活用ルートは△4二銀〜△4三銀と△4二銀〜△5三銀の2通りあり、どちらがいいか迷っていた部分もあるのだろう。指し慣れない戦型ということでやや苦心した様子も見えたが、茉麻さんはしっかりと駒組みをしてくれた。

第1図以下▲7九金△4二銀▲5六歩△5四歩▲2五歩△3四飛▲5七銀△1四歩▲1六歩△5三銀▲2六飛△4四角▲6八銀△7三桂▲8六歩△3六歩(第2図)



△5四歩で30手になり、2将のよっすぃーさんにバトンタッチ。

△5四歩との関連で、左銀はこの場合△5三銀と使うのが自然だろう。展開によって△4四銀から攻めに使うことも、△6二銀から守りに使うこともできる。△4四角は△3六歩からの仕掛けをちらつかせる手で、△7三桂は将来△8五桂からの端攻めを狙う手。いずれも価値の高い手で、指せば指すほど好形になっていく。

▲8六歩は▲8七銀〜▲7八金と、端攻めにも強い「銀冠穴熊」に組み替える狙い。この瞬間がチャンスと見て、よっすぃーさんは△3六歩と仕掛けていった。

第2図以下▲同飛△同飛▲同歩△3九飛▲3七桂△1九飛成▲4五桂△6二銀▲4一飛△2九龍▲2一飛成△2五龍▲3五桂△3六龍▲4三桂成△1七角成▲3三桂成△4七龍(第3図)



結論から言うと、第2図の△3六歩からの開戦は、先手に分のある戦いになってしまったと思う。この対局の数日前に、「局面のテーマ」(つまり大局観のこと)について少し話したことがあったので、それと関連付けて考えてみたい(ちょっと長くなる)。

まず▲8六歩の一手前、△7三桂までの局面。将来的に端攻めの狙いがあるとは言っても、やはり四枚の穴熊は非常に堅い。大雑把にいえば、「盤面の左側は居飛車がリードしている」ということになる。だからこの状態のまま、△3六歩から互角の捌き合いになってしまっては振り飛車がまずい。振り飛車側のテーマは「(先手から見て)右辺でいかにしてリードを奪うか」ということになるのだ。

例えば、2一の桂が4五まで跳ねているような状況なら、駒の効率という点で振り飛車が大きくリードしている。それくらい良い条件があれば、△3六歩の開戦もありそうだ。ただし現状、左辺の駒効率は互角なので、まだ行けない。

そこに▲8六歩が指された。前述の銀冠穴熊まで組めれば立派な形だが、この瞬間は8七の地点が傷になりやすい。つまり先手玉の堅さが一気に減ったと見て、よっすぃーさんは△3六歩と踏み込んだわけである。

この判断自体は本筋から大きくずれてはいないと思うが、実は▲6八銀という駒の存在が大きかった。8七の地点の傷が最も響くのは、例えば△3九飛から△8七桂▲同銀△7九飛成で崩壊するような筋。ところが6八銀がいれば、7九の金にヒモが付くのでこの筋は利かない。8七の傷が響きにくく、先手玉の堅さは見た目ほど減っていなかったというわけだ。

「右辺でリードを奪う」というテーマを実現させるには、一例として、△4四角に替えて△3三桂と跳ね、以下▲6八銀△4四銀▲8六歩△3一角▲8七銀△5三角▲7八金△3六歩(変化1図)。



△4四銀、△5三角と駒を右辺に向けて集めるのが、「右辺でリードを奪う」というテーマに沿った指し手になる。変化1図で▲同飛は△3五銀、▲同歩は△4五銀▲2八飛△3六銀。こうなればテーマが実現している。

あるいは、「先手玉の堅さが減った瞬間に仕掛ける」という方針であれば、▲8六歩のあとに△3三桂▲8七銀、その瞬間△3六歩と行くのが有力だったかもしれない。

・・・とまあ、こうして後から振り返っている時だから色々と冷静に考えられるが、対局中、それもリレー将棋の対局中となれば、普段通りの冷静さを保つことはなかなか難しいものだ。本譜はやや先手良しの展開ながらも、よっすぃーさんらしい粘り強い指し手が光っている。△4七竜で60手、バトンタッチとなった。

第3図以下▲1一龍△9四香打▲4二成桂右△7一金▲4四歩△同馬▲同成桂△同龍▲5二成桂△8五桂打▲6二成桂△同金引▲9三銀△同玉▲7一龍△8一銀打▲6二龍△9六歩▲同歩△9七歩▲同桂△7七桂成▲同金△8四歩(第4図)



▲1一竜に対し、事前に浮かんでいた順は2つ。△9四香打と置いて、桂が入ったら△8五桂打から端に殺到する順。もう一つは、△8四歩〜△8三香と8筋にプレッシャーをかける順。

先手からは2枚の成桂を寄せてくる手が見えているので、△8四歩〜△8三香とゆっくり攻めるのはいかにも怖い。それで△9四香打を選択したのだが、ここは例え間に合わなくとも、例え負けても△8四歩〜△8三香打を選ぶべきだった。まず、狙いを9筋にするのは▲8六歩の一手がはっきり好手になっている(△8五桂と跳ねられない)。一方、△8四歩〜△8三香は、▲8六歩と突いた手を明快に咎めに行こうという指し方で、相手としてもこういう攻め方をされるほうが気分的にも嫌だろう。

何より、本譜の9筋狙いの攻めは、その過程があまりにも乱暴すぎた。角を桂と刺し違え、銀取りを放置して歩頭への桂捨て。こんな順が許されるのは、先手のように手つかずの穴熊が残っている時くらいだろう。それにまだしも、▲5二成桂には一回△4一歩と辛抱するべきだった。

▲9三銀と目の覚めるような一撃をくらい、もう将棋は終わっている。警戒はしていたつもりの筋だったが、それでもくらってしまった。△同香は▲9一角△8一玉▲8二香で寄ってしまう。

ふと頭の中をよぎっていたのは・・・1年前の本選で敗れた時。一度はしっかり自分の中で消化したはずの、あの時の光景が蘇っていた。

第4図以下▲9五香△同香▲同歩△8三玉▲7一金△4一龍▲5二角△同龍▲同龍△9六桂▲4二飛△8八桂成▲同金△6三角▲同龍△同銀▲8一金△3九飛▲4九歩△7二角(第5図)



あの時とあまりにも似ていた。駒損の乱暴な攻めを敢行し、厳しい反撃をくらってからふっと我に返り、将棋が終わっていることに気付いて呆然とする。

ただ一つ、あの時とは違うことがあるとすれば。それは、自分が最善だと信じて指した順であるということ。あの時のように、何が何だか分からないまま指したのではなくて。これが一番、勝負になる順のはずだと思って指した。結果的にその考えは大きく間違っていたけれど、今回はあの時のように引きずったりはしないだろう。

△4一竜と引いたところで90手になり、もみじさんにバトンタッチ。検討盤に戻って、さすがに「ごめんなさい」と言わずにはいられなかったけれど、それ以上悔やんだりぼやいたりすることはやめた。今この場でそうしたって、何にもならない。

最初の頃は(というより、一昨年や去年までは)、指している間も指していない時も、ほとんど目の前の局面、自分のことを考えるので一杯一杯だった。5年目になってようやく、後に指す人のことを少しは考えたりできるようになってきたと思う。まだまだ未熟なところばかりだけれど、少しは成長できたと思いたい。

既に如何ともしがたい局面でバトンを渡してしまって心苦しかったが、もみじさんは最後まで諦めずに粘り強く指す。第5図の△7二角なども、気持ちが伝わってくるような一着だ。

第5図以下▲8二金打△9三玉▲9四香△同角▲同歩△同玉▲8三角△9五玉▲9六歩△同玉▲8七金寄△9五玉▲9六銀 (第6図)まで、先手の勝ち



▲8二金打以下は即詰み。相手もさすがに正確だった。

2年ぶり3回目の対戦ということで、相手に成長したところを見せてやろうという気持ちは、お互いにあった。自分たちも成長できていたけれど、相手も同じように成長していた。こうしてお互いに成長していければ、それが一番喜ばしいことなのだろう。



5年目の夏が終わった。「祝勝会」という名前にはできなかったけれど、感想戦の後に「打ち上げ」をして。悔しい気持ちはもちろんあったけれど、やれるだけのことはやった。ビールは本当においしかった。

狼軍のみんな、大生軍のみんな、そして応援してくれた人達への感謝の気持ちは、打ち上げやスレでも少しは伝えたけれど。口下手な自分には、とっさには十分な言葉が浮かばなかった。・・・「後書き」で、ゆっくり時間をかけて書こう。


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