亀井絵里的舞台裏 2 「貫禄」

今年の開幕戦は７月１４日、土曜日。対局日と対局相手が発表されると、いよいよ本番に向けて気持ちが高まる・・・ところだったのだが、希望日登録の数日後、突然７月１４日に予定が入ってしまう事態になった。対局開始の２１時までに帰宅できるかどうか微妙な状況だったので、しまさんに代打をお願いすることに。

リーダー不在の開幕戦。さすがに申し訳なかったし、普通のチームであれば動揺もかなり大きいかもしれないが、しまさんは自分に代わってそのままリーダーを務めてもらってもいいくらいの頼れる存在である。他のメンバーもリレーの経験は比較的豊富なので、そういう面で心配というのは全くと言っていいほどしていなかった。それくらい信頼できる仲間に恵まれたことは、本当に幸せだと思う。

さて、開幕戦の相手は、24公認サークルからの参加チーム「5JKチームB」。2000点オーバーのメンバーはおらず、点数の上ではこちらのほうが優位だが、もちろん油断は禁物である。

自分はというと、幸いにも対局開始直前に検討盤へ駆けつけることができた。指すことはできないが、応援団として、検討陣として、みんなと一緒に戦うことはできる。今までとはちょっと違う形で、開幕戦が始まった。

▲７六歩△８四歩▲６六歩△３四歩▲６八飛△６二銀▲７八銀△５四歩▲７七角△８五歩▲１六歩△１四歩▲３八銀△４二玉▲４八玉△３二玉▲３九玉△５二金右▲２八玉△７四歩▲５八金左△４二銀▲５六歩△５三銀左▲６七銀△４二金上(第１図)

狼・大生連合軍のオーダーは、１将から茉麻さん→安倍さん→しまさん→もみじさん。２、３将のところは点数で大きくリードしている。

狼・大生連合軍は後手番となった。相手の四間飛車は想定された戦型。早い▲１六歩は、居飛車穴熊に対する速攻を狙う「藤井システム」を見せているが、穏やかに△１四歩と受けておく。△７四歩から△４二銀、△５三銀左で、急戦の作戦を明らかにした。

一口に急戦と言っても具体的な作戦には様々なものがあるが、その作戦選択には振り飛車側の左銀の位置が大きく影響する。▲７八銀型の場合は△７二飛から角頭を狙う「鷺宮定跡」が代表的で、▲６七銀型に対しては①△６四歩～△６五歩で角交換を目指す「早仕掛け定跡」、②△６四銀～△７五歩の「斜め棒銀」、③△７三銀～△８四銀～△７五歩の「棒銀」の３つが代表的な定跡だ。本譜は▲６七銀と上がったので、後者の①～③の中から作戦を選ぶことになる。

第１図以下▲４六歩△６四銀▲９八香△７五歩▲７八飛△７六歩▲同銀△７五歩▲６七銀△７三銀引▲９六歩△７四銀▲５九角△６四歩▲５七金△９四歩▲３六歩△７三桂▲３七桂△８六歩▲同歩△６五歩(第２図)

△６四銀で、「斜め棒銀」の態度が明らかになった。△７五歩と仕掛けたところで３０手となり、２将の安倍さんにバトンタッチ。開幕戦の１将は緊張感も格別なものがあると思うが、茉麻さんはしっかり務め上げてくれた。

△７五歩に▲同歩△同銀▲７六歩△８六歩と進めば早くも棒銀は大成功。歩を取らずに▲７八飛と、戦いが起こった筋に飛車を持ってくるのが振り飛車の基本手筋だ。

△７六歩▲同銀に、△７二飛や△８六歩▲同歩△７二飛の順を選べば▲６五歩から一気に大決戦になる。安倍さんはその順には飛び込まず、△７五歩と変化した。

通常、７五の地点は銀を進出させたい場所なので、その場所を自らの歩で塞いでしまうのは「筋悪」と言われてしまう。ただしこの場合は、△７三銀引～△７四銀と立て直す「準急戦」と呼ばれる立派な作戦である。銀が６四にいるのと７四にいるのとでは大きな違いがあって、

①△７三桂の活用が可能になる。(△６四銀型で△７三桂と跳ねると▲７四歩がある)
②桂を跳ねた後、△６四歩～△６五歩と６筋から攻めることができる。単純な棒銀に比べると、桂が攻めに参加している分だけ攻撃力も増している。

△７二飛から決戦を挑むのは一気に攻め潰してしまおうという作戦だが、本譜のような△７五歩からの準急戦は、いったん局面を落ち着かせて、力を溜めてから再び攻撃しようという意図の作戦になる。安倍さんはこの形は比較的経験豊富で、昔は自分との練習将棋でもよくこの形になっていたので、急所は心得ているだろう。

本譜、△７三桂の瞬間に▲７六歩と反発される手が気になるが、先手は見送って▲３七桂。満を持して、△８六歩▲同歩△６五歩から攻撃再開である。

第２図以下▲２六歩△６三銀上▲４五歩△６四銀▲６八角△５五歩▲４七金△６六歩▲同銀△６五歩▲５五銀△同銀▲同歩△６七銀▲８八飛△６八銀成▲同飛△８六飛▲８八歩△１三角(第３図)

第２図の△６五歩に▲同歩は△同桂が金当たりになって絶好調。このあたりで一本▲５五歩の突き捨てを入れるのも振り飛車の「筋」で有力そうだが、▲２六歩でじっと待機する。安倍さんも慌てずに△６三銀上～△６四銀と活用し、かなり厚みのある攻撃ができる形になった。

△５五歩に対する▲４七金は柔らかい手で、敵の指し手ながら検討盤での評判も良かった。ただし６筋が薄くなるので怖い部分もある。

▲５五銀に△同銀の局面で６０手となり、３将のしまさんにバトンタッチ。▲５五同歩に△６七銀と打ち、結果的には▲４七金をしっかり咎めた形になった。△８六飛と気持ち良く走り、△１三角も遊び駒を活用する味のいい一手で、後手優勢は間違いない局面になっている。ただ将棋は「優勢」から「勝勢」に持っていくまでが一番大変で、ここの段階で逆転も起こりやすい。特にこれは、魔物の棲むリレー将棋。気が緩んでしまいそうなこの瞬間が、最も危ない。

第３図以下▲７七銀△６八角成▲８六銀△同馬▲８一飛△７六馬▲５四歩△７八飛▲６八歩△同飛成▲４八金引△５七銀▲５九銀△４八銀成▲６八銀△３八成銀▲同金△５一歩(第４図)

▲７七銀は辛い手だが、執念を感じる一手。対して、じっと△８一飛と逃げて次の△７六歩(銀が動くと△６八角成で飛車がタダ)を狙うのも有力だったと思うが、しまさんは果敢に△６八角成と踏み込んだ。▲８六銀△同馬で瞬間的に角得なので文句なしの優勢、というより勝勢に近いかもしれないが、先手も飛車を手にするので、高美濃の堅陣を活かして猛攻することができる。勝勢は勝勢でも、逆転が決して非現実的ではない勝勢と言えるだろう。

△７六馬、△７八飛と急所に駒が利いてくるが、▲６八歩を利かして▲４八金引の手順も粘りがある。▲６八銀と竜を取られた局面、△４九馬と金を取れば部分的に必至がかかるのだが、そこには恐ろしい罠が潜んでいた。

△４九馬以下、▲３一飛打△２二玉▲２一飛成△１三玉(△３三玉は▲３一飛成以下詰み)▲１一竜△１二金▲２五桂△２四玉▲４九銀(変化１図)。

▲２五桂と自玉の逃げ道を開けながらの王手がぴったりで、最後の▲４九銀が「詰めろ逃れの詰めろ」。作ったような大逆転の手順である。

しまさんは咄嗟の判断で△３八成銀～△５一歩と予定変更。少し嫌な雰囲気の漂う手順ではあるが、一直線に負けになってしまう順を回避した判断力はさすがだった。

第４図以下▲６七歩△４九銀▲４八金△５八金▲同金△同銀成▲５三銀△４八成銀▲２九金△４九角▲４二銀成△同金▲３八金打△同成銀▲同金△４七金▲３九銀△３八角成▲同銀△３九銀▲１七玉△３八金▲５五角△２七金▲同玉△２八銀成▲１七玉△２七金(第５図)まで、後手の勝ち

△５八金で９０手になり、４将のもみじさんにバトンタッチ。難解な終盤だが、▲５三銀と打って銀の質駒を作ってしまったのが最後の敗着だろうか。△４八成銀以下は一手の緩みもない完璧な寄せで、見事に初戦を白星で飾った。

感想戦のあとは恒例の祝勝会(今回自分は指していなかったのに、恐れ多くも乾杯の音頭を任されてしまった)。リレーで勝った後に飲むお酒。これほど美味しいものは他にないだろう。

将棋、特にリレー将棋なので、勝つか負けるかは最後まで分からないし、点数の上でのリードがそこまで当てにならないことも多い。そういった意味でのハラハラ、ドキドキはもちろんあったけれども、それ以上に、このチームなら大丈夫だろうという安心感、信頼感が大きかった。なんとなく、チームとして貫禄のようなものが出てきていると思うのだ。

そんなチームの一員として、次は自分も出陣する。不安もゼロではないけれども、それ以上に安心感や楽しみな気持ちのほうが多くなっていた。