勝負事でよく、「流れ」とか「勢い」なんて言葉が使われる。1つのミスで流れが変わった、とか、ここまで勝ち進んできた勢いがある、とか。

「流れ」も「勢い」も、決して目には見えないから、信じる人もいれば信じない人もいる。「流れ」は存在するかしないかという議論は、麻雀の世界あたりで特に活発だと思うし、将棋においても同じ議論は可能だろう(局面は先手がいいけど、流れ的には後手が逆転しそう、なんて表現もあるくらいだし)。

個人的には、麻雀にしても将棋にしても「流れ」とか「勢い」は存在すると思う。ただし、神様が流れを操っている、みたいな超人的な次元の話ではなくて、人の心こそが勝負の流れを左右し、勢いの有無を決定するのだと思っている。

ちょっと苦しいかな、という局面を目の前にした時、最近絶好調で勝ちまくっている人なら「これくらいなら逆転できる」と思うだろうけれど、不調でなかなか勝てていない人は「この将棋もダメか・・・」と思ってしまう。そんな心理状態の違いが「流れ」や「勢い」の有無を決定付けるんじゃないだろうか。

なぜこんなことを急に書いたのかというと、本選1回戦の前局、そして2回戦の本局を通して、改めて「流れ」と「勢い」の存在を感じたから。1局の中で合計8人もの心が交わり、変化していくリレー将棋。その場に「流れ」が存在しないはずがない、と思うのは自分だけだろうか。



本選2回戦の対局日は9月8日、土曜日。やはりというか、今回も日中には用事が入っていて(今回は将棋関係の用事)、帰宅は思っていたよりもだいぶギリギリの時間になってしまった。帰宅の途中、コンビニに寄ってカツ丼と祝勝会用のお酒(プレモルがなかったのでエビス)、つまみを買う。今回はしっかり、「カツ丼」と明記されているものを買った。

家に着いたのは開始時間の15〜20分ほど前だっただろうか。検討盤にログインしてから急いで対局の支度をし、直前代打の申請手続きなどを済ませたのが開始5分前。そのタイミングでようやくカツ丼を食べ始めた。自分は今回も慌ただしい状態での対局開始となってしまったけれど、そのほうが余計な緊張をしなくて済むという面もある。


今回の相手は、約2300点の3将と1000点超えのメンバー3人を擁する「短パン組弐番隊」チーム。こちらは1将から茉麻さん→石さん→亀→おむすびさんのオーダーで挑んだ。

▲7六歩△8四歩▲7八銀△6二銀▲6六歩△5四歩▲6七銀△4二玉▲7五歩△8五歩▲7七角△3二玉▲8八飛△4二銀▲4八玉△5三銀左(第1図)



狼・大生連合軍の後手番で対局開始。

9手目の▲7五歩は、次に▲7八飛〜▲7六飛の石田流を目指したもの。当然、△8五歩▲7七角を決めてその狙いは阻止するのだが、今度は▲8八飛と向飛車に。「メリケン向飛車」と呼ばれる作戦で、▲7六銀と繰り出す含みがあるので通常の向飛車よりもさらに攻撃力が高い戦法である。

対するこちらは、角道を開ける△3四歩を指さずに、△4二銀〜△5三銀左と「鳥刺し」模様の駒組み。メリケン向飛車対策として考え出された作戦だ。

第1図以下▲7六銀△3四歩▲3八玉△1四歩▲1六歩△9四歩▲2八玉△4二金▲3八銀△6四歩▲5八金左△6三銀▲4六歩△5二金上▲4七金△7四歩▲同歩△7二飛▲7八飛△7四銀(第2図)



第1図で▲3八玉なら△6四銀▲7六銀△3一角で、7五の地点が受からず早くも後手が一本取る格好になる。そこで先に▲7六銀と備え、△6四銀には▲6五歩を見せる。

▲7六銀に対しては、初志貫徹で△3一角と引いて次に△6四銀を狙う手と、△3四歩で方針転換する手のどちらも有力そうである。茉麻さんは熟考の末に△3四歩を選択し、一方自分はこのあたりでようやくカツ丼を食べ終えていた。

通常のメリケン向飛車は、▲6七銀▲7八金の隙が少ない形から▲8六歩△同歩▲同飛と飛車交換を挑んでいく。しかし▲7六銀と上がった形では、この銀が浮き駒になると同時に将来の△6六角も生じているので、先手からも簡単には飛車交換を挑みにくい。そういうわけで先手は▲5八金左と守備重視の構えになり、あまり想定していない形となった。ただ、相手も同様にこの展開は想定していなかったようだ。

△5二金上で30手になり、2将の石さんにバトンタッチ。茉麻さんは安定の仕事ぶりだった。そして、石さんは今年の初陣。かなり緊張してしまいそうな場面だが、周囲の心配も、石さん自身が抱えていたであろう不安も、やがて吹き飛ばされることになる。


まだ歩もぶつかっていない30手目の局面。まさか、ここから30手後には将棋が終わっているなんて、この時は誰にも想像できなかっただろう。

再開直後の▲4七金は疑問手だったか。続けて▲5六歩と▲3六歩の2手が入れば立派な高美濃になるが、この瞬間は△5五桂や△3五桂の傷があって決して堅い囲いではない。△7四歩▲同歩△7二飛が絶好のタイミングの仕掛けとなった。

第2図以下▲6五歩△7七角成▲同桂△7五歩▲8五銀△同銀▲同桂△6七角▲8三銀△7八角成▲7二銀成△6七馬(第3図)



▲6五歩からの捌きは振り飛車の切り札。△7七角成に通常は▲同飛と取るのが形だが、△8八角が厳しいと見てか▲同桂と変化してきた。対して△7五銀とぶつけるのは▲7三歩△同飛▲8五桂の返し技があってまずい。そこで△7五歩と重く打つ。

▲8五銀△同銀▲同桂で気持ち良く捌かれたようだが、△6七角の味がいい。勢い、飛車の取り合いになったが、▲7二銀成のところは不成で取るほうが良さそうか。不成なら、▲6四歩の取り込みが次の▲6三歩成を見て先手になる。

飛車交換の後、じっと△6七馬と引いた手が急所。後日、石さんに話を聞くと「普段ならもっと焦った手を指していた」と謙遜されていたが、この△6七馬が、決して大きくはないリードをがっちりと掴んで離さない一着になったのは間違いないだろう。

第3図以下▲8三飛△8八飛▲3九金△4九銀▲4八金引△3八銀成▲同金寄△4七銀▲8一飛成△5七馬▲4九銀△3九馬▲同玉△3八銀成▲同銀△4八金▲2八玉△3八金▲1七玉△2八銀▲2六玉△3五金 (第4図)まで、後手の勝ち



△8八飛のところでは△8九飛と、一段目から打つのがより厳しかっただろうか。次の△4九馬を受けるには▲4八金引か▲3九金くらいだが、いずれにしても、美濃囲いの急所である4九の金が飛車の射程圏内にあるというのが大きく、攻略もしやすくなる。△8九飛に▲4八金引なら△9九飛成〜△4七香を狙う要領だし、▲3九金なら△1五歩▲同歩△6五歩(一歩補充)▲8一飛成△1八歩▲同香△1九銀(変化1図)の手筋が突き刺さる。



ただ、本譜の△8八飛〜△4九銀も実戦的な嫌らしい迫り方で、その後の△5七馬と寄った手がまた厳しい。▲4八桂と粘っても、△3八銀成▲同金△4八馬▲同金△同龍▲3八角(または銀)△4七金・・・といった感じで寄り筋だろう。

本譜の▲4九銀に対しては、ズバッと△3九馬で決まっている。ここがちょうど60手目。石さんが馬を切った瞬間、検討盤では歓声が上がった。勝勢、ではなく、紛れようのない勝ちだ。以下は3将の自分が慎重に慎重に(クリックミスに気をつけて)先手玉を詰まし、快勝でベスト8進出を決めた。



前局に続き2局連続で、4将にまわる前に勝ちを決めるという展開。しかも本局は2将の石さんが一気に決着をつけてしまい、自分は最後に詰ますだけという内容。これ以上ない、「勢い」を感じさせる内容だ。

みんなが良い精神状態で指せている、ということなのだろうと思う。そして予選1回戦から感じていた、チームとしての貫禄、頼もしさもある。頼もしい仲間がいるから良い精神状態で指すことができて、良い精神状態はそれぞれが持っている力を十分に発揮させてくれる。そして、それを見た仲間は安心できる。そんな好循環があるのかもしれない。

4年ぶりのベスト8進出。実力と勢いは十分だと思う。それは他のどのチームにも言えることだから・・・あとはもう、運が、将棋の神様が、どのチームに味方するのか。リレーで優勝するための「流れ」だけは、神様が作りだすものなのかもしれない、なんて思う。


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