強すぎる、と思った。過去最強と言ってもいいかもしれない。

ピンチは時々あったけれども、「敗戦」をリアルに感じるような瞬間は全くなかった。順調すぎるくらい順調に勝ち進んできた今年のチーム。死角はない。怖いところは何もない。

ただ、無意識に怖さを感じていた部分はあったのかもしれない。それは、何も怖くないということの怖さ。いつかは訪れるかもしれない、最初の大ピンチに対する怖さ。

そして、いよいよその時はやってきた─────



本選3回戦、準々決勝の対局日は9月15日、土曜日。例年なら暑さのピークはとっくに過ぎている時期のはずなのだが、今年は特に残暑が厳しく、この日も真夏と勘違いするような気温だった。

改めて振り返ってみると、今年はリレーの対局日には必ず何かの用事があるという状態だったようだ。今回も、午前中だけではあるが予定が入っていた。ここまで来ると、何もない日でも無理やり予定を入れたくなる。

午後は、2回戦の舞台裏レポートを書いて過ごした(書き始めれば夢中になるのだけれど、書き始めるまでは腰が重くなるらしい)。書き終える頃には夜になっていて、近所のスーパーで買ってきたカツ丼+そばセットで夕食。

今回は自分のところにしまさんが代打で入ることになっていたので、その意味で多少気楽ではあったのだけれど、過去最高に並ぶベスト4進出が懸かる大一番、ドキドキ感は今年最大だった。

今回の相手は、2000点のエースと1800点台、あとの2人も1100〜1200点台後半のメンバーが揃う「†残酷なすすきのの天使ともみ†」チーム。1将と2将にRの高い2人を置くオーダーを組んで来た。こちらは茉麻さん→石さん→しまさん→もみじさん、のオーダーで臨む。

▲2六歩△3四歩▲7六歩△5四歩▲2五歩△5二飛▲4八銀△5五歩▲6八玉△3三角▲7八玉△6二玉▲6八銀△7二玉▲3六歩△4二銀▲3七銀△5三銀▲4六銀△5四銀(第1図)



相手チームの直前代打があり、30分遅れで対局開始。狼・大生連合軍の先手番になった。

2手目△3二飛戦法を警戒した▲2六歩△3四歩▲7六歩の出だしに、後手は△5四歩でゴキゲン中飛車を選択。対ゴキゲンでは、▲6八玉の形のまま▲3六歩〜▲3七銀と繰り出す「超速▲3七銀」が主流になっているが、今回は7八まで玉を囲ってから銀を繰り出す旧型の作戦。

第1図の△5四銀はやや欲張った指し手。もちろんここに銀を出るのが一番いい形だが、▲3五歩からの角頭攻めが見えているだけに、△4四銀とこちらに上がって妥協するのが自然なところだろう。

第1図以下▲2四歩△同角▲3五歩△4四歩▲3四歩△4五歩▲3七銀△4三銀▲2二歩△5六歩▲同歩△同飛▲2一歩成△7六飛▲7七角△5二金左▲3三歩成△同角▲2三飛成△5五角▲1一と△3六歩▲2八銀△4六歩▲同歩△同飛(第2図)



茉麻さんは慎重に時間を使って、▲2四歩から仕掛けていった。△同歩なら▲3五歩で調子がいい。

本譜の△同角には強く▲5六歩の反発もあったかもしれない。以下△同歩▲1一角成△6五銀▲5九香(変化1図)の進行が一例。



最後の▲5九香が好打で、受け一方ではなく将来▲5六香から反撃する含みもある。これは居飛車十分だと思うが、感覚的にはやや怖いところでもあるか。茉麻さんが選択した本譜の▲3五歩も有力な攻め筋で、△同歩ならそこで▲5六歩や▲3八飛が厳しい。

△4三銀と引いた瞬間の▲2二歩がぴったりの一着で、△同飛には▲5五角があるので早くも先手が一本取った格好である。手抜いて△5六歩は仕方のないところだろう。ここで30手になり、2将の石さんにバトンタッチ。

▲2一歩成で桂得を果たし、調子がいい。後手も△7六飛の王手はあるが▲7七角に対して有効な手がなく、△5二金左とするしかないのでは辛いところだろう。

△5二金左に対しては、色々な手が考えられる。▲1一とで香を取ったり、▲2二と〜▲2三とを狙ったり、▲8八玉で角の動きを自由にしたり。石さんの選択した▲3三歩成〜▲2三飛成は、その中でも最強の手と言える。

対して、劣勢の後手は引く姿勢を見せない。△4六歩▲同歩△同飛と、最強の勝負手を返す。局面は俄かに激しさを増してきた。

第2図以下▲5五角△4九飛成▲7四歩△6二銀▲7三歩成△同銀▲7四歩△6四銀▲3三角成△2九龍▲5六角△4九龍▲5三歩△同金▲8六香△8四歩▲2一龍△5一歩▲6六馬△7七歩(第3図)



第2図の△4六同飛に、▲4八歩と受ければまだ幾分か穏やかな流れだっただろうか。石さんはここでも、▲5五角と最強の手を選択した。△4九飛成で、局面は終盤戦に入る。前局の良い「流れ」を引き継ぐ指し方で、石さんらしい順でもあった。

盤上、先手は右辺の遊び駒は気になるが、それ以上に5五の角が攻防に利いて光り輝いている。その角のラインを活かす▲7四歩の攻めが厳しい。

△6二銀の受けに対しては、▲8六香と打ってみたかったかもしれない。▲8六香〜▲9五桂のような感じで8筋を攻める展開になれば、△6二銀の一手を完全に逆用した格好になる。本譜はいったん▲3三角成と逃げる展開になり、まだ形勢は良さそうだがやや変調を感じさせる流れ。ただ、間接的に8三の地点を睨む▲5六角が竜取りの先手で入ったのも大きいだろう。▲5三歩△同金で60手となり、3将のしまさんにバトンタッチ。

▲8六香に△8四歩は柔らかい受けで、▲同香には△8二歩と打って歩をバックさせる狙い。だが、▲2一竜から▲6六馬も抜群に味のいい活用である。

△7七歩。まあ一本は筋なのだろう、というくらいの印象だった。まさかこの叩きが、最大のピンチの幕開けになろうとは・・・。将棋の怖さ、リレー将棋の怖さは、どこにでも潜んでいるのだと思わされる。

第3図以下▲7七同銀△7六歩▲同銀△7七歩▲同桂△7五歩▲6五銀△7六桂▲同銀△同歩▲1二龍△5二歩▲5九歩△7七歩成▲同玉△7五歩▲6八桂△5四桂▲3九馬△4六龍▲8八玉△5七金▲同馬△同龍▲8四香△3三角(第4図)



▲7七歩に対して△同桂は攻撃のことも考えた取り方だが、囲いが一気に薄くなってしまう。逆に▲同馬は最も手堅いが、攻め味が薄くなってしまう。ということで▲同銀はこう取るところだろう。

続く▲7六歩。こういう叩きに対して弱気に▲6八銀と引くのはたいてい紛れてしまう・・・と、経験から来る直感は訴えてくるものだと思う。だから自分の第一感は▲7六同銀だったし、しまさんも同じ手を選んだ。

だが、もしかしたら▲6八銀が正解だったのではないか・・・と、今になって思う部分もある。▲6八銀に△7七桂は▲5九金と竜に当てる手があるのが大きい。

△7七歩〜△7六歩〜△7七歩の三連打に対し、しまさんは一番自然な対応をしたと思う(少なくとも自分なら同じように指している)。しかし、4度目の叩き、△7五歩が予想以上に厳しかった。▲同銀△同銀▲同馬は、△8九銀でいきなり危なくなってしまう。本譜の▲6五銀に△同銀なら▲同桂が幸便だが、△7六桂の詰めろが厳しい。気が付いたら悪くなっていた、というのが見ていた自分の実感だし、しまさんも似たような気持ちだったと思う。相手が上手かった、と言うしかないだろう。

しかし、しまさんも必至の粘りを見せる。簡単には負けない手を積み重ねている感じで、リレー将棋らしい指し回しだ。△5七金▲同馬△同龍で90手になり、4将のもみじさんにバトンタッチ。

▲8四香と走ってまだまだわからないか、というところに、△3三角の王手。・・・まだまだ、ピンチは途切れる気配を見せない。

第4図以下▲6六桂△同桂▲7三歩成△同銀▲8三角成△6二玉▲7七歩△7六歩▲同桂△6七龍▲6八歩△7八桂成▲同金△7六龍▲2一龍△7二歩(第5図)



第4図で▲9八玉と逃げるのは△5六竜▲同桂に△8九角以下の詰みがある。本譜の▲6六桂も△同桂と取られ、次に△7八桂成以下の詰めろになっているし、▲6六同歩も△同角でやはり寄ってしまう。

正直に言うなら、これはダメだ、と一瞬考えた。作戦会議の時、▲8四香で勝負できると思った自分を呪った。

▲7三歩成△同銀▲8三角成と迫っても、△6二玉で足りない。しかし───▲7七歩。一瞬でも諦めかけていた自分を恥じた。・・・少なくとも、もみじさんは諦めていないのだ。

最後まで諦めないことの大切さ。言葉にすることは簡単でも、実際に絶望的な局面を目の前にしても気持ちを切らさず、最後まで頑張り続けることがどれだけ大変で、苦痛を伴うことか。年齢を重ねるごとに、そして自分と対局相手のレベルが上がっていくごとに、「最後まで諦めない」ことは大変になっていく。・・・だからこそ、最後まで諦めない姿勢は尊いものであり、見る人に感動を与えるのだろう。

△6七竜のところでは、△4八竜の王手が厳しかっただろうか。持駒の金を使って受けるのは後手玉の寄せが遠のいてしまうし、打った金もすぐ取られるだけの駒になってしまう。本譜は△7六竜の瞬間が詰めろになっておらず、先手に手番が回ってきた。

第5図以下▲6五桂△6九銀▲6七金△同龍▲7三桂成△同桂▲7二馬△同玉▲8二金△6二玉▲7一銀(第6図)まで、先手の勝ち



もう、どちらが勝ちなのか分からない。自分はただただ、手を組んで祈るだけ。

△6九銀にもみじさんが▲6七金と指した瞬間、心臓がドクン、となった。△同竜と取られて、▲同歩には△7六桂以下の詰みがある。うっかり、なのだろうか。

しばらく考えて発見した。△6七同竜で竜の利きが逸れた瞬間に、▲7三桂成からの詰みが生じている!

△6七同竜に、もみじさんは少考で▲7三桂成、そして△同桂に▲7二馬。この大舞台で、あの大ピンチの後に、こんなにも綺麗な手順があろうとは。


最終手、▲7一銀を見た相手が投了した瞬間、リーダーは感極まって泣きそうになっていた。



今年初めて、「負け」を覚悟した瞬間。しかしそのピンチまでも乗り越えることができた。過去最強のチームは、一局一局戦うごとに、さらにたくましくなっているように思う。

そして、4年前に到達した最高記録のベスト4に、2度目の進出。4年前はダークホース的存在だったと思うけれど、今年はここまで勝ち進むだけの力があるチームなのだと胸を張れる。

祝勝会の乾杯の音頭は、今回も自分が任された。普段は色々としゃべって前置きが長いのだけれど(自覚あり)、この時は感激で胸が一杯になっていて、「おめでとう」と「ありがとう」を絞り出すのが精一杯。・・・でもまあ、多くの言葉は決して必要ないのだろうと思う。


いよいよ優勝まであと2局。いい緊張感を持って臨めそうだ。


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